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2019/02/25

オフィスのトイレをスムーズに。「トイレIoT」の挑戦

この記事のポイント
  • ❶ミッションはトイレの使用状況の可視化
  • ❷誰にも使いやすいUI/UXをめざして
  • ❸トイレIoTの可能性とは

IoT(Internet of Things)とは「モノのインターネット化」のこと。車や生産設備から身の回りの機器まで、あらゆるモノにセンサーと通信機能を搭載し、インターネットを経由してさまざまな情報を収集する技術です。これから紹介するのは、テックファームが手がけたトイレのIoT化プロジェクト。オフィスワーカーの困りごとを解決するために、プロジェクトメンバーが重ねた試行錯誤のプロセスを辿ります。

目指すは、IoTによるトイレの空き状況の可視化

仕事の合間にトイレに駆け込んだものの、どこも使用中で冷や汗をかいた──。そんな経験をしたことのあるオフィスワーカーは少なくないはずです。今回のプロジェクトのミッションは、そんなオフィスの困りごとをIoTの力で解決すること。舞台は、クライアントである西武プロパティーズが運営する最新鋭オフィスビル「東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井タワー」(5〜28階)。忙しく働くオフィスワーカーの方々が、トイレの使用状況を手元のパソコンやスマートフォンで簡単に確認できる仕組みを構築することがプロジェクトのゴールです。

綿密な現地調査で、ベストな機器の選定

まず取り組んだのは、センサーと通信機器の選定です。チームスタッフは現地に足繁く通い、トイレフロアをくまなく観察。センサーの設置場所や通信環境、電源をいかに確保するかなどを念入りに検討していきました。その結果、採用されたのが個室のドアに取り付けられる自家発電型の開閉センサー。外部から電源供給を受けなくても、わずかな光や開閉の圧力から稼働に必要な電力を生み出せる優れものです。

次なる課題は、センサーが得た情報をいかにして発信するかです。当初はセンサーからの情報を「Raspberry Pi 3」(*1)でゲートウェイとして拾い、そこから「Sigfox」(*2)を経由し、クラウド上のWebサイトへとリアルタイムで発信していく計画でした。しかし、開発を進めるうちに不安視されるようになったのが、Sigfoxに設けられた1日140回の通信回数制限です。140回以上ドアが開け閉めされた場合、その瞬間に通信が途絶え、使用状況が「満室」として表示され続けてしまいます。毎日大勢の人が出入りする紀尾井タワーには適していないように思われました。

そこで技術担当者が提案したのが「LTE SIM」。スマートフォンなどにも使われる「LTE SIM」は、通信回数に制限がなく安定性も申し分ありません。この変更提案にはチームスタッフもクライアントも納得。現場の状況に合わせて柔軟に技術を選択できました。

*1:ARMプロセッサを搭載したシングルボードコンピュータ。非常に安価で様々なプログラムを自作できるマイコンの一種。PI 3からWi-Fi、Bluetoothも搭載され、IoT分野のセンサー制御装置として注目されている。開発元はイギリスのラズベリーパイ財団。

*2:超低価格の通信規格。料金は100円から。電池で約10年もつという消費電力の少なさと、最大50kmの伝送距離が特徴を持つ。

さまざまな配慮をこめたUI/UX

User Interface(UI)の設計にも工夫を凝らします。何よりも大切なのは、利用者がトイレの使用状況をスムーズに理解できること。その上で、性別や年齢層、入居企業の業態(朝型や夜型)といったユーザーの特性に配慮しながら、より快適な経験・体験=User eXperience (UX)の実現をめざしました。

まず検討したのは、ユーザーの閲覧する画面上で、トイレの使用状況をいかに表現するかです。個室ひとつずつのステータスを「満室」か「空き」で表示する方法もありましたが、それでは社員間のプライバシーを十分に保護できない可能性があります。

最終的には、個室ごとではなくフロアごとに使用状況を表示する手法を選びました。フロアの全個室が使用中のときには「満室」、全個室が未使用のときには「空室」、その中間的な使用状況のときには「混雑」というステータスが表示される仕組みです。どの個室が空室なのかをあえて曖昧にすることで、いたずらなどのリスクも軽減できます。

入居企業の経営者やビルオーナーがトイレの使用状況を確認する管理者向けインターフェイスには、将来を見据えたひと工夫を。トイレの使用状況を過去まで遡り、時間や曜日ごとに分析できる機能を搭載したのです。今後データが蓄積されることで、働き方の分析などに活用できると予想しています。

検証を繰り返し、さらなる信頼性を

UI/UXが完成すると、本番同様のテスト環境で、センサーのエラーや誤作動、通信機能の不具合などを洗い出していきます。この期間中に思わぬハプニングがありました。ある個室が一晩中、「使用中」となっていたのです。技術担当者は「誰かがトイレで倒れているのかもしれない!」と真っ青に。幸いセンサーの不具合が原因だったのですが、この事件はトイレIoTがユーザーの緊急事態を知らせるツールにもなり得ることを示してくれました。もちろん副次的な恩恵ではありますが、そうした活用方法もあるとわかったからには、システム全体のさらなる信頼性が求められます。

実際それ以外にも、一度閉まったドアのログをシステムがうまく検知できなくなるという不具合もわずかに発生していました。そこで技術担当者は、センサーをはじめとした各部の状態をプログラムのバグなども含めて丹念に調査。システム起因のリスクをゼロにはできなくても、蓄積された情報をつぶさに観察し、技術的な検証を繰り返しながら機器やシステム、通信の実態と照らし合わせいくことで、エラーや異常値の傾向がつかめてきます。

その上でデータクレンジングを積み重ねた結果、ついにいくつかの不具合の原因が特定されます。ひとつだけ明かすと、開閉センサーの電力不足。夜間はトイレが自動消灯され、開閉回数もゼロに近くなるため発電量が減少し、通信機能に不具合が起きていたのです。信頼性の高いシステムを構築するには、こうした地道なプロセスが欠かせません。

トイレIoTの今後の広がり

「わずか数カ月間で想像以上のクオリティに仕上げていただきました。入居企業のみなさまからも好評です」。サービス導入直前のデモンストレーションで、西武プロパティーズの担当役員にかけていただいた言葉です。明けても暮れてもトイレのことばかり考えてきた日々を振り返り、チームスタッフは胸をなでおろしました。

これまでトイレの使用状況を見える化するには、大型ディスプレイをはじめとした高価な機器が必要とされてきました。そのため「見える化にコストをかけるなら、単純にトイレの数を増やした方が費用対効果が高い」と考える人も少なくないのが現状です。しかし私たちが開発したトイレIoTであれば、使用状況が表示されるのは個々のユーザーのスマートフォン。センサーや通信機器も低コストのものばかりです。やみくもにトイレを増設するよりも低いコストで、より高い顧客満足度を実現できます。今後は商業施設やライブ会場、観光地、ビーチなど、多くの人が集まるさまざまな場所で、トイレIoTが力を発揮するはずです。

※本記事は2020年12月に再編集・修正しました。
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